前も、後ろも、延々と続く1本道。まわりに人は見えない。聴こえてくるのは吹き上がる風の音と、自分の息づかいだけ。目の前に現れた何十度目かの登り坂にため息をつきながら、ただてくてくと進んでいく。あの日は1日中、この風景の中にいた。
NHKに「グレートレース(Great Race)」という番組がある。
灼熱の大地、標高4000メートルの高山、氷河から流れ出た激流、極寒の北極圏・・・世界各地の厳しい自然の中を自らの力だけを頼りに、体力と気力の限界を超え何百キロも行く究極のレースがある。アスリートは言う「人生が変わるレースだ」と。(NHK番組情報より)
世界各地の、常識離れした過酷なアドベンチャーレースに挑む人たちの姿を取材した番組で、見ていると胸が熱くなる、、、一方で、レースの内容もスケジュールも、日本で普通に暮らすサラリーマンでは参加するとはとても想像もできないものばかりで、観客気分でしか見られないコンテンツにすぎない、、、とも思ってしまう。「とてつもない冒険レースの当事者となる」、それは普通の生活をする我々日本の会社員にとっては真似できない夢だろうか?
違う。普通の休日の日程でも、普通の体力でも、当事者として参加できる驚異的な環境のレースは日本にも世界にもたくさんある。私がこれまでに参加してきた素晴らしいレースを紹介していこうと思う。
万里の長城を走るマラソン大会がある
「Great Wall of China Marathon(GWCM)」、私がこの大会の事を知ったのは、2010年。あるランニング雑誌の海外マラソン大会特集記事だった。その名を聞いただけで誰もが情景をイメージできる壮大な建築物、文句なしの世界遺産「万里の長城」。これはすごい、、、、が、こんなところを42kmも走るなんて並外れた超人たちにだけできることだろう、、、当時、健康のために時々ランニングをしている程度だった私は「いつかは参加してみたい」と思いながら記事を読むにとどまった。
その2年後、2012年5月。私は、GWCM2012 (Great Wall of China Marathon 2012)42㎞コースに出走するランナーとして、中国・北京へ向かった。万里の長城マラソンへの思いが消えず、ランニングを続けていたのだ。いつまでに、、という目標があったわけではなく、「いつかは憧れの海外レースへ」という思いを持ちながら2011年4月にハーフマラソン完走、2011年10月に初のフルマラソン完走、2011年11月に2回目のフルマラソン完走と、可能な範囲で経験値を積み上げてきた。
冒険の舞台は「金山嶺長城」
そしてこの日、、、である。夜明け前にランナーの集合場所である北京市内の公式ホテルからバスで、スタート会場の「金山嶺長城」に向かう。
金山嶺長城は、北京市と河北省をまたぐ場所、標高1000m級の山々が連なる地点にある。険しくうねる峰々を優雅に泳ぐ龍のごとく、ひたすらに、美しい長城が続いている。
スタート会場にて、私と同じく日本から参加した勇者たちと記念撮影。大会オフィシャルツアーの北京市内観光がいっしょだった。青ゼッケンはフルマラソン、赤ゼッケンはハーフマラソンに参加することを示す。
会場での記念撮影や開会セレモニーを終え、午前9時、スタートの号砲。数百人のランナーが勢い良く走り出す!
、、、と思ったら、いきなり失速。目を疑うような急坂に、過酷な一日を予感する。
朽ちかけた長城を走る前半戦
前半は古い世代の緩やかな長城の多い区間を進んでいく。一部朽ちている場所は迂回しつつ、雑草の生えた長城をひた走る。人ひとり通れる程度の細い部分もあった。
迂回区間の風景。横から見る長城も歴史を感じる。
龍の背をひた走る過酷なレース
17.5km地点ですでにへとへと。
しかし、この絶景の中を走っていると思うと気力がわいてくる。
圧倒的スケールの龍の背をひた走る、壮大なレース。
一度スタート地点を経由して、後半戦は新しめの長城へ。城郭といった雰囲気の堅牢な壁の上を走る。
最大傾斜40度という驚異
尾根づたいに延びる長城は、ジェットコースターのようなアップダウンの連続で、両手を使ってよじ登らなければならない箇所もある。マラソンコースとして見れば間違いなく、”狂気”だ。
最大傾斜40度、壁のような石段を両手でよじ登りながら思う。これはもはやマラソン大会ではない、、、。人と競うレースではない、、、。万里の長城、その建設という驚異の歴史を自分の足で感じとり、全身で味わう体験だ。
日本から出場の仲間とすれ違いざまに声をかけられる「まだ先長いよー」。そうか、、、まだまだ終わらない。まだまだこの風景を味わえる。その事実は苦しくもあり、うれしくもあった。
30km折り返し、進む、ただ進む
30kmの折り返し点。ボランティアの皆さんが水のボトルを用意してくれていた。「加油!」の励ましがありがたい。ここからスタート地点に引き返す。過酷なアップダウンで足はヘロヘロだが、この風景の中を走り続ける喜びをかみしめていた。
霞む空、続く道。終わりが見えてきた旅。最後尾近くで集団はなく、聴こえてくるのは吹き上がる風の音と、自分の息づかいだけ。目の前に現れる何十度目かの坂道を、ただてくてくと進んでいく。
制限時間いっぱいのフィニッシュ
午後4時、制限時間をたっぷり使ってフィニッシュ。自然に両こぶしを突き上げていた。汗は乾き、顔はザラザラ。青いTシャツも白くなっていた。まるでひとつの旅のような、長い冒険のような時間だった。
万里の長城マラソンとは何だったのか
中国、北京まで行き、美しき万里の長城の上を42kmひた走った。2年前に雑誌で見て目を奪われた憧れのレースに参加し、走り切った。この体験が私の人生の何を変えたのかは定かではないが、超人的な体力も精神力もない私が「いつかは、、、」の思いに挑戦し、実現したこの日・この時間、間違いなくこのグレートレース『万里の長城マラソン』の当事者となった。あのおなじみの曲が脳内再生されても良い程度には、、、
ぜひご参加を!
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